「火星に水はあるのか」——この問いは、火星探査の歴史そのものだと言っても過言ではない。水の存在は生命の可能性に直結し、将来の有人探査や移住計画の実現可能性をも左右する。40年以上にわたる探査の結果、火星にはかつて大量の水が存在し、現在も地下に氷や液体の水が残っている可能性が高いことがわかってきた。
この記事は「月・火星探査 完全ガイド」の詳細記事です。
火星の水の歴史 — かつて海があった証拠
火星は現在、平均気温がマイナス60度、大気圧が地球の約0.6%という極寒・低圧の世界だ。液体の水が地表に安定して存在できる環境ではない。しかし、約35億年前の火星は現在とは大きく異なる姿をしていた。
NASAの火星探査機マーズ・リコネサンス・オービター(MRO)やESAのマーズ・エクスプレスが取得したデータから、以下の証拠が積み重ねられている。
- 河川地形: 火星表面には長さ数百kmに及ぶ河川の痕跡が数多く確認されている。マ・アダムバレーは全長約700kmで、地球のグランドキャニオンに匹敵する規模だ
- 三角州: ジェゼロクレーター(パーサヴィアランスの着陸地)には、かつて湖に注ぎ込んだ河川が形成した扇状地(三角州)が明瞭に残っている
- 堆積岩: オポチュニティ探査車が発見した「ブルーベリー」と呼ばれるヘマタイト(赤鉄鉱)の球状粒子は、水中で生成されたと考えられている
- 粘土鉱物(フィロケイ酸塩): 水と岩石の長期間の相互作用で生成される粘土鉱物が広範囲に検出されている。水が長期間存在した証拠だ
北半球の古代海洋仮説
火星の北半球は南半球より平均約5km標高が低い。この地形的特徴から、かつて北半球の低地が広大な海洋(「オケアヌス・ボレアリス」と呼ばれる)で覆われていたとする仮説がある。2022年のNature Geoscience誌の研究では、火星の地形データと堆積物の分布から、約35億年前に北半球を覆う海洋が存在した可能性が高いと報告された。
この古代海洋の水量は、火星全体を約100〜1,500mの深さで覆うほどの量だったと推定されている。
極冠の氷 — 目に見える水の証拠
火星の北極と南極には白い極冠がある。地球の極地と同様に氷で構成されているが、火星の極冠はドライアイス(二酸化炭素の氷)と水の氷の両方を含んでいる点が異なる。
北極冠
北極冠は主に水の氷で構成されており、夏季にドライアイスが昇華した後も水の氷が残る。直径は約1,000km、厚さは最大約3km。含まれる水の氷の量は約82万1,000立方kmと推定されている。これはグリーンランド氷床の約30%に相当する。
南極冠
南極冠は年間を通じてドライアイスの層に覆われているが、その下に厚い水の氷の層が存在する。MROのレーダー観測(SHARAD)により、南極冠の水の氷の量は約160万立方kmと推定されている。
| 項目 | 北極冠 | 南極冠 |
|---|---|---|
| 主な組成 | 水の氷 | ドライアイス+水の氷 |
| 直径 | 約1,000km | 約350km |
| 厚さ | 最大約3km | 最大約3.7km |
| 水の氷の量 | 約82万km3 | 約160万km3 |
MARSISの地下湖検出 — 液体の水が存在する可能性
2018年、イタリアを中心とする研究チームがScience誌に衝撃的な論文を発表した。ESAのマーズ・エクスプレスに搭載されたレーダー装置MARSIS(Mars Advanced Radar for Subsurface and Ionosphere Sounding)が、火星南極の地下約1.5kmに、幅約20kmの液体の水の層を検出したというものだ。
その後の解析で、2020年にはNature Astronomy誌で、南極地下に複数の液体水域が存在する可能性が報告された。最大のものは幅約30kmに及ぶ。
ただし、この発見には議論もある。火星の地下温度は通常マイナス70度前後であり、純粋な水は液体で存在できない。研究チームは、高濃度の過塩素酸塩(マグネシウム・カルシウム・ナトリウムの過塩素酸塩)が溶け込むことで凝固点が大幅に下がり、マイナス70度でも液体を維持できると説明している。一方、2021年にはレーダー反射の原因が液体の水ではなく、特定の粘土鉱物や火山岩である可能性を指摘する反論も出ており、決着には至っていない。
パーサヴィアランスの発見 — ジェゼロクレーターの水の痕跡
NASAの火星探査車パーサヴィアランス(Perseverance)は2021年2月にジェゼロクレーターに着陸した。ジェゼロクレーターは直径約45kmの衝突クレーターで、約35億年前には湖が存在していたと考えられている。
パーサヴィアランスのこれまでの成果は以下の通り。
- 湖底堆積物の確認: クレーター底部の岩石を分析し、湖底に堆積した泥岩であることを確認。水が長期間(数百万年以上)安定して存在していた証拠
- 炭酸塩鉱物の検出: 湖水中の化学反応で生成される炭酸塩鉱物を発見。湖の水質(pH)や温度に関する手がかりを提供
- 三角州の岩石試料採取: かつての河川が湖に流入していた三角州の岩石を採取し、密封。将来のサンプルリターンミッション(Mars Sample Return)で地球に持ち帰る計画
- 有機分子の検出: 複数の岩石試料から有機分子を検出。ただし有機分子は生物起源とは限らず、火山活動や隕石由来の可能性もある
再発見された季節性の斜面線条(RSL)
2011年にMROの画像で発見された「再発性斜面線条(Recurring Slope Lineae: RSL)」は、火星の暖かい季節に斜面に現れる暗い筋模様だ。当初は塩水の流出と考えられ大きな注目を集めたが、その後の研究で乾燥した砂の流動によるものとする説が有力になった。2024年の再解析では、一部のRSLについて水の関与を完全には否定できないとされ、議論は続いている。
火星の水とテラフォーミング
火星に大量の水(氷)が存在することは、将来のテラフォーミング(惑星改造)の議論においても重要な要素だ。
テラフォーミングの初期段階では、火星の大気を厚くして温室効果を高め、極冠の氷を融かして液体の水を取り戻すことが構想されている。しかし、2018年のNature Astronomy誌の研究では、火星に残っている二酸化炭素の総量は大気圧を大幅に上げるには不十分であり、現在の技術ではテラフォーミングは実現不可能と結論づけている。
一方、有人探査の拠点としては、火星の地下氷は極めて有望な資源だ。水は飲料水・酸素生成・ロケット燃料(水素と酸素に電気分解)に利用でき、地球から運ぶコストを大幅に削減できる。NASAのISRU(In-Situ Resource Utilization: 現地資源利用)研究は、火星の水の利用を前提に進められている。
今後の探査計画
| ミッション | 機関 | 時期 | 目的 |
|---|---|---|---|
| ExoMars Rosalind Franklin | ESA/Roscosmos→ESA | 2028年打上げ予定 | 地下2mまでドリル掘削、生命痕跡探査 |
| Mars Sample Return | NASA/ESA | 2030年代 | パーサヴィアランスの試料を地球に回収 |
| 天問2号 | CNSA(中国) | 2028年打上げ予定 | 火星サンプルリターン |
| Mars Ice Mapper | NASA/CSA/ASI/JAXA | 検討中 | 中緯度の地下氷マッピング |
よくある質問(FAQ)
Q1. 火星に現在、液体の水は存在するのか?
確定的な証拠はまだない。MARSISのレーダー観測は南極地下に液体の水域がある可能性を示唆しているが、反論もあり科学的コンセンサスには至っていない。地表では大気圧が低すぎるため、液体の水は即座に蒸発または凍結する。ただし、高濃度の塩水であれば短時間は液体で存在できる可能性がある。
Q2. 火星の水はどこへ消えたのか?
約35億年前の火星には大量の水があったと考えられているが、その大部分は以下の過程で失われた。火星は地球より小さく(質量は地球の約11%)、磁場を失ったことで太陽風が大気を直接剥ぎ取った。大気が薄くなると温室効果が弱まり、表面温度が下がって水は凍結。一部は宇宙空間に散逸し、残りは地下に氷として閉じ込められたと考えられている。NASAのMAVEN探査機は、太陽風による大気散逸の速度を実測し、この仮説を裏付けた。
Q3. 火星の水を飲料水として利用できるか?
火星の氷を融かして精製すれば、原理的には飲料水として利用可能だ。ただし、火星の水には過塩素酸塩が高濃度で含まれている可能性があり、人体に有害なため除去処理が必要となる。NASAは現地資源利用(ISRU)技術の一環として、火星の水の精製技術を研究している。パーサヴィアランスに搭載されたMOXIE実験装置は、火星大気中の二酸化炭素から酸素を生成する技術実証に成功しており、水の電気分解と組み合わせた資源利用が将来的に期待されている。
火星の水に関する知見は、月・火星探査の最前線と密接に関連している。探査計画の全体像は「月・火星探査 完全ガイド」で確認できる。
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参考としたサイト
- NASA — Mars Exploration Program
- ESA — Mars Express
- NASA — Perseverance Rover
- Nature Geoscience — Evidence for ancient Martian ocean
- JAXA — 火星探査